ここで真珠屋と言っているのは主にアコヤ真珠を商材として扱っている会社です。一番主要な形態としては加工卸業者、つまり真珠の原珠(養殖してできたばかりの未加工の真珠)を購入してネックレスなどを自社で生産して卸販売している会社。
他の形態としては、生産はしていないが加工業者などから製品を仕入れて、自分の顧客へ卸販売している会社。この業態は業界では中間卸業者などと言われています。中には卸販売だけでなく小売りもしている会社もあります。
そういった「真珠屋さん」の社長は、どんな特徴を持った人物がいるのでしょうか。
私なりの長年の経験では、個性的な人物が多いように感じています。特に印象に残っている社長さんたちを数人ご紹介したいと思います。
もしこれからあなたが真珠の仕事をやってみたいと考えているのでしたら、ぜひこの記事を読んでみてください。業界に入る前に、ちょっとしたイメージトレーニングにもなると思いますので。
ここで紹介する人物は、性格や考え方などはさまざまですが「真珠屋」としての素養という点では皆さん共通したものがあります。それは「信用力」でしょう。
真珠はやはり高額商品ですから、もしトラブルになると損害も大きくなってしまうので、その点は真珠業界に身を置いている方は皆、承知済みの共通認識だと思います。真珠取引をするうえでの絶対条件と言っても良いかもしれません。
この人は仮にSさんとしておきます。Sさんと私たちの会社は古くからの取引き仲間です。Sさんの会社は社員が6~7名の規模です。
そのSさんが私たちと知り合って5~6年ぐらいしたときに、私たちの会社で生産したばかりの真珠のうちの、ある一つのサイズ、6.5から7ミリのネックレスだったと思うのですが、400~500本程のネックレスをいろいろ詳しく見た後で、全部を買うと言い出したのです。
私たちの会社では、その時の大半のお客様は,1回の取引が数10万~100万円ぐらいの金額だったのですが、この時の取引は1千万円近かったと記憶しています。大きな売上げになることはもち論うれしいのですが、問題はその支払い方法です。
現金一括払いならOKですが、3回ぐらいの分割払いにさせてほしいというのです。
話のニュアンスで、2~3カ月では支払いが完了できなさそう、という感じを受けました。なのでこちらとしては、リスクを感じる取引きでしたが、いろいろと悩んだ結果、商売することにしたのです。
1回目の支払いは良かったのですが、2回目がさっそく1カ月ほど先にしてほしいと言い出しました。話を受け入れるしかないと思われましたので、仕方なくOKしてしまいました。
その後もなかなかスムースには行かず、結局最初は4~5カ月で払う約束が、1年程もかかりましたが支払いは完了しました。これはSさんの資金繰りの見込みが甘かったせいです。こちらはこちらで、大きな売上げ金額に惑わされ、間違った決断をしてしまった訳です。
この件があった後は、こちらも反省もしましたので、Sさんには悪いかもしれないですが、100万ぐらいまでの取引きで止めるようにしました。Sさんは、小さな取引では不満足なようでしたが、しかたないです。その後の取引は少額になりましたが、途切れることはなく、商売は続いています。
この話は個性的な人物というより、こちらの失敗談なのかもしれませんね。
こういう人との取引では、信用度合いがまだハッキリ分からないうちは、取引高の上限をあらかじめ決めておくことが大切です。相手が何を言っても、その上限を超える取引をしてはダメです。
◆教訓:取引期間がまだ浅く、取引相手の信用性がまだ十分に分からない間は、大きな取引はしてはいけない。
こういう人物は他の業種も含めても、私のこれまでの数十年間の経験の中で、この方お一人です。この方の会社と私たちの会社は日頃よく取引をしています。仕事のキャリアは向こうの方が長く、何かと懇意に付き合っていただいております。
社長と言っても真珠加工業の場合は中小~零細規模の会社です。この人の会社も社員は20人未満です。
社員一人一人に対して目が行き届きやすいので、ほとんどの真珠屋さんの社長は、仕入れ、加工、販売、経理、いろいろな業務に自分自身が少し入り込んで、手本を見せるとか指揮をしているはずです。
この方の場合は、ご自身は別の真珠加工の会社で加工や営業の仕事をやりこなし、独立されているので、経理以外の業務はすべてやればできる方なんですが、あえて自分はせず、社員に「頼んだぞ」と預けてしまうのだそうです。
頼まれた社員は仕事の責任は、すべて自分が負う訳ですから、それは頑張ることでしょう。こうしてその会社では、仕入れ、加工、販売、経理に至るまで、すべて社長は基本的に口出ししなくても、社員たちがちゃんと利益を出すところまで出来ています。
誰もがこうありたい、と思う理想的な社長ですよね。しかしこのまねは、しようとしてもなかなかできない事でしょう。
おそらく、この社長の基本の理念として「人を信頼する」ということがあるのだと思います。別の言い方をすれば「人を育てる」経営をされているのかもしれません。
社長と社員の心が完全に通じ合わなければ、こういうやり方はできません。任せきることで結果的にはこの社長は、すべての社員をうまく操縦出来ているのではないでしょうか。
次に登場していただく人物は仮にYさんとしておきます。Yさんはインド人ですが日本在住が長く、日本語もほぼ完璧です。
ただ商売に関しては厳しく、こちらの商品を買ってくれるのは良いのですが、その値切りが非常にきつい。まず注文を出してきます。こんな品質の真珠が欲しいのだけれどもありますか、と聞いてきます。
ありますと言って、こちらの商品を見せると、例えばこちらが50万で売りたいと思っている商品に対して40万でどうですか?と平気で言ってくるのです。普通ならそれは無理ですよ、で終わりです。
でもYさんは引き下がらない。じゃあ42万ではどう?と言い、それでも無理ですと言ったら、また値段を少し上げて「45万にしておいて。今すぐ小切手で支払うから。」と言います。今すぐ支払うという言葉には、こちらも弱いです。
最近でこそ真珠業界の支払い条件も、現金もしくは1カ月後~2カ月ぐらいになってきていますが、昔は3~4カ月の手形や、口約束での3カ月後支払いなどというのが多かったのです。
こちらの表情を見ながら、値切れる最大のところをうかがっていて、いくらなら相手は売ってくると見抜く力を持っているのだなと思います。日本に来る海外のバイヤー(今はコロナのため、ありませんが)も、このような値切り方をする人が多いです。バイヤーも基本は現金での取引きです。
大体において、値切りが厳しい人は払いは早い。逆にあまり値切ってこないやさしい客とか、二つ前の段落で出てきた「大量の真珠を全部買う人」は、あとで支払が遅くなったりすることが多いので注意が必要です。
なおYさんとは今でもたまにですが取引があります。Yさんは非常に紳士的な人物で、人間的には全く問題はない人です。忘れかかった頃に電話で注文を言ってきたりしますが、相変わらず値切ってくるので、お付き合い程度に少額の商売にとどめるようにしています。
◆教訓:即金で支払う会社は値段が厳しい。しかしそういう顧客も持っていると助かることもあるし、小さな取引で、お付き合いしておくのが良い。
この方は宝石屋のNさんで、真珠をわれわれの会社からよく仕入れていただいておりました。
宝石のダイヤや特に色石(ルビー、サファイヤなど)の商売が、バブル崩壊の後に難しくなった時、もともと持っていた不動産取引の資格を生かして、地元のいろいろなビルやマンションの不動産管理業務を経営の主要な柱にし、宝石業は続けているが縮小されました。
宝石から不動産への方向転換は、結果的にうまくいったらしいです。Nさんからこの話を聞いたとき、何か仕事上のことで行き詰った時に、資格を持っていると強いものだなと感じました。
今でもたまに、真珠ではなく宝石・色石関係の注文があったとき、こちらには商品がないのでNさんの会社に連絡すると、気安く注文に応じていただき、商品を送ってもらっています。
次にご紹介する人物は、株取引を仕事の合間にしている社長Bさんとしておきます。
Bさんは真珠屋をする前、神戸の宝石小売店で働いていて、バブル期の少し前(昭和50年代前半)に真珠屋として独立されました。宝石屋さんから見ると真珠というのは値段が分かりにくく、そのためにもうかる商売と見られていた面があるようです。相手が真珠に詳しくなければ、ちょっと高めの価格で売ることは案外と楽にできることは時々あります。
そうして商売を始められたBさんですが、われわれとBさんが知り合うきっかけは別の真珠屋さんからの紹介だったと思います。最初は小さな取引だったのですが、一時期われわれのNo.1の売上の顧客になったこともありました。
その後も細く長く今も継続して、時々取引がありますが、われわれの会社に来られた時、お茶を飲みながらの世間話の時などに、よく株取引の話をされます。○○の銘柄がもうかるとか、空売りの話とか、こちらは知識も経験もないので、話を聞くだけなのですが、ちょっとうらやましく思うこともあります。
しかし、株取引は真珠の商売以上にリスクが伴うはずなので、Bさんが失敗しないように祈るばかりです。
次の人物は自分ただ一人で真珠の商売をしているPさんです。
Pさんは真珠加工や、製品の卸販売などではなく、原珠(アコヤ貝から取り出されたばかりの未加工の真珠)のブローカーをされています。つまりPさんは真珠の浜揚げ(毎年、12月から翌年の2月ぐらいまで)の時期に、浜揚げ珠の入札会というのが愛媛、三重、長崎などで開催されるので、その会場で入札したり、養殖屋さんと示談取引き(養殖屋さんとの直接取引き)したりして真珠を仕入れます。
そして仕入れた真珠をうまく選別して(悪い珠をはねたり、品質をそろえたりする)それを加工業者に見せて、合意した値段で販売する。浜揚げ時期の3~4カ月の間、仕入れ、選別、販売を繰り返し、1年間のもうけをその時に稼ぎ出すのです。
だからうまく稼げると、あとの8カ月間は遊んでいても良いわけです。Pさんの場合はその8カ月の間は、知り合いの人からの注文で、真珠製品の小売りなどをしているようです。
こんな商売、仕事は他の業界にはあまりないでしょう。一人だから誰にも気を使うこともないですし、良い仕事だなと思います。
われわれの会社もPさんから何度か真珠を仕入れたことがあります。愛媛県宇和島市で開催される入札会場で、よく会うので夕食なども一緒にしたりして、気心の知れた間柄となっています。われわれが行ってない入札会の取引値段の情報なども、参考のためにFAXでよく知らせてくれたりしています。
原珠のブローカーとして最も大切なものは「真珠を見る目」これに懸かっています。真珠を買う時は、売れるであろう想定の価格よりも、必ず下で買う必要があるし、買う時の真珠は選別があまりきっちりとはなされておらず、いろいろ混じった状態になっているので、値段の見極めがかなり難しいです。
言う値段が安すぎれば断わられてしまいます。長年の熟練を要する仕事でしょう。
Pさんの話では、真珠の浜揚げ時期の3~4カ月の間は愛媛や長崎の入札会場の近くのホテルに長期間泊まり込みます。そして昼間に仕入れた真珠を部屋に持ち込み、夜間もずっと電灯をつけて真珠の選別をするそうです。これを毎日続けることはなかなかの重労働です。おそらく目の疲れはかなりのものだと思います。
真珠は太陽光で見るのが一番見やすく、電灯の下で見るのは目の負担が増します。彼らのような仕事は自分には無理だなと思っています。
また買った真珠が選別した後、必ず売れないと困ります。固定客が何社かあるのでしょうけど、顧客が求めるような真珠に近い珠を仕入れて、選別作業によって珠の姿を整えていくというのはまさに職人芸です。これも彼なりの長年のノウハウがあるからうまくやれているのでしょう。
◆教訓:アコヤ真珠の原珠を見る目を養って、真珠の加工屋さん数社と知り合いになれたら、ブローカーとして1年のうち3~4カ月働くだけであとは遊んで暮らせるようになることもあり得る。
次の人物も、ただ一人で真珠の商売をしているGさんです。Gさんは製品のブローカーです。大体ブローカーと言われる人は一人で商売をしています。
一人ではあってもGさんの商売は、多人数で商売している真珠屋さんにも負けないぐらいの大きな取引高となっています。
日々、いろいろな仲間業者の会社へ行き、品物を見、話をし、今どこの会社に、どんなもうかる品物があるか、どこの会社はどんな商品を欲しがっているのか、常に人や物についての情報収集をしているようです。こういうことは加工業者では日々の作業があって、なかなかその時間が取れなくてできないことです。ブローカーならではというか、ブローカーに徹した商売のやり方と言えるでしょう。
経営が苦しくなってきている中堅の会社を見つけたら、足しげくそこに通って、売り先がなくて困っているそこの商品を、うまく自分の客先へ流し、売値と買値の間の利ザヤを稼ぐ。相手が大きいと、こういう商売もかなり金額が大きくなり、利益も膨らみます。足で稼いでいるな、という印象です。
もしお一人で真珠の商売をやってみようと考えておられる方なら、このGさんのような商売の仕方は、一つのお手本になると思います。ただ「真珠を見る目」を鍛えるために、まずはそこそこの規模の加工業者の会社に入って、営業職を3~5年程度は経験することが必要でしょう。
われわれの会社もたまにGさんと取引をします。こちらが欲しい商品がどうしても見つからない時、Gさんに頼むとどこからか見つけてきて商売になることがあります。われわれよりも情報網が広いから見つけることができるのでしょう。そういう時はさすがだなと思ってしまいます。
◆教訓:真珠を見る目を養い、多くの真珠屋さんと知り合いになり、日々各社の営業の人と話をして、注文や在庫状況などの情報を得ることで、一人であっても真珠で大きな売上げをあげることはできる。
真珠屋さんの会社の社長は、皆さんご自分の経営のスタイルというか、得意のやりかたを持っています。そのスタイルは、会社ごとにさまざまな型があって、どの会社も自分のやり方に自信を持っているからこそ、自分のやり方を貫いているように見えるのでしょう。ですから外からその会社、および社長の人物を見ると、とても個性的に見えるんですね。
真珠屋さんの社長には、社会通念とか一般論などの型にはまらない人物が多いように私には見えますが、またそれがユニークで面白いです。どういうタイプの会社であっても、共通して言えることは、社長にしろ社員にしろ、意外に堅実であったり真面目な本質があるようにも感じられます。
一つの会社を経営していくというのは本当に大変なことですし、どの経営者も自分の信じる道を、真面目に信念をもって突き進んでいるのではないでしょうか。